ほぼ週刊よこやま

ある一人の友達のために始めたニュース解説記事。私の視点から見えるもの。

【トランプの『エルサレム首都認定』発言で遠のいた中東和平①】

12月6日でした。

衝撃が走りました。

 

▼「エルサレムイスラエルの首都」、トランプ大統領が認定へ 米政府高官(’17/12/6)

http://www.afpbb.com/articles/-/3154363

 

こんな年の瀬にそんなことしないでくれよん。。。

と絶望に打ちひしがれました。

『そもそもなぜこの発言が可能であるのか』

という点を書いた上で

『今後の中東和平』

について書きたいと思います。

 

中東問題

そもそもの原因はイギリスです。

イギリスは第一次大戦後、

フサイン=マクマホン協定』でアラブ人のパレスチナでの居住を認めるとしておきながら、

バルフォア宣言』でパレスチナにおけるユダヤ国家の建立を認めました。

パレスチナ地域への【居住可】のお墨付きを「ユダヤ人」と「アラブ人」の両方が、当時の覇権国イギリスから得たわけです。

 

そもそもなぜ”パレスチナ”が問題になるかというと

ユダヤ教」「キリスト教」「イスラム教」(成立順)の聖地がこの地にあるからです。

ユダヤ教嘆きの壁

キリスト教ゴルゴダの丘

イスラム教=岩のドーム

です。

色々書き出すと超長くなるのでとりあえずこの辺にしておきます。

 

エルサレム首都発言の背景

文章でダラダラ書くとわかりにくいので年表で示します。

1947年:国連、エルサレムの分割統治(西側をイスラエル、東側をパレスチナ)する決議を採択

1950年:イスラエルエルサレムが首都であると宣言

1967年:イスラエル第三次中東戦争以降東エルサレムを実効支配

1980年:イスラエル、「エルサレムを永久首都とする」法案を可決

同年:国連、「エルサレムに外交使節を置いてはならない」という決議を採択(米国は棄権)。

(この決議に準拠し各国政府はイスラエル第二の都市であるテルアビブに大使館を置く)

1993年:オスロ合意(イスラエル政府、パレスチナ自治政府の相互承認と、イスラエルの占領地域からの撤退に同意)

1995年:米議会がエルサレムへ大使館を移転する法案を可決

1995年:オスロ合意に署名したイスラエルのラビン首相が和平反対派の青年に銃撃され死亡。

同年:イスラエルで右派政権が誕生、和平反対の世論が急激に高まる

 

という流れです。

95年にアメリカで可決された大使館移転法は大統領に履行を延期する権限が付与されており、半年に1回判断することになっています。

これまで歴代大統領はイスラエルの方針転換をうけ延期をし続けてきました。

今回のトランプ発言はこの法律に準拠しています。

妄言でもやぶから棒でもなく根拠があっての発言でした。

 

この発言を受けて国連では認定を無効とする決議案をエジプトが提出。

 

▼「エルサレム首都認定、撤回求める決議案を検討 国連安保理(’17/12/17)

https://mainichi.jp/articles/20171220/ddn/007/030/039000c

 

当然アメリカが拒否権を発動し否決。

 

エルサレム「首都」撤回求める決議案、廃案に 安保理(’17/12/19)

https://www.asahi.com/articles/ASKDM04F4KDLUHBI032.html

 

しかも、決議案に賛成票した国への支援を停止すると表明。

 

エルサレム首都認定、撤回決議案の賛成国に支援停止=米大統領(’17/12/21)

https://jp.reuters.com/article/trump-israel-un-idJPKBN1EE2U0

 

そんな中、パレスチナでは抗議デモもが激化し死者まで出ています。

 

パレスチナ各地で抗議デモ イスラエル当局と衝突 4人死亡(’17/12/16)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20171216/k10011260921000.html

 

 

ということで前半の『そもそもなぜこの発言が可能であるのか』という部分を書きました。

次回、『今後の中東和平』について書きます。たぶん。