ほぼ週刊よこやま

ある一人の友達のために始めたニュース解説記事。私の視点から見えるもの。

【天皇の『お言葉』から見る日本の政治力学】

本日は71回目の長崎の日ですね。

1945年の11時2分に長崎市に2つ目の原子爆弾が落とされ

7万4千人の方が亡くなりました。マジでつらい。

私はその頃仙台にいますが西のほう向いて黙祷しようと思います。

それよりもまずその時間に書き終わるのか…。

 

ご周知のとおり昨日15時に事前に録音した『お言葉』が放映されました。

現在の天皇がビデオメッセージを流すのは東日本大震災以来のことですが

今回の内容は彼が”個人的”な想いを述べる”だけ”でした。

そのために全民放をジャックしたのですから超異例のことです。

界隈では「玉音放送だ」という声も聞こえましたが

あながちその推察は間違っていないと思います。

彼の発言の意図とそこから見える政治のパワーバランスを

これまでの出来事から推察していきます。

いつも通りですが多分に『よこやまの主観』が入っているということを

前提にお読みいただければ幸いです。

 

今年はほんと政治スケジュールが慌ただしい。

世界もあわせここまでいろんなことが起きるのも珍しい。

まさに動乱の時代だと感じます。

掛け値なしに。

 

『お言葉』の内容

昨日も載っけましたが全文を再掲しておきます。

天皇『お言葉』全文》

https://t.co/grDV4Ngoe1

 

これすごくざっくり要約すると

天皇のあり方をみんな考えてくれないか?」

ということです。

天皇であるからこそわかることを踏まえた上で第三者的に観察し

その上で「死ぬまで天皇って良くないよね?」という意見に達したということです。

その理由を以下の3つで説明しています。

 

1.高齢になれば十分に国事行為ができない

2.健康的に重大な事態に陥れば社会が停滞する

(→昭和天皇危篤時は連日ニュースが容態を報道していたそうです。)

3.死後約1年かけて葬儀関連の行事があり家族(宮家)に大変な負担がかかる

 

健康面の不安を強く出しすことで

その先にあるデメリットを示すという構造になっています。

ここからは推察になってくるので多少割り引いて読んでもらえればと思いますが

私は、冒頭の『私が個人として』とその後段に置かれた『日本国憲法下で』

という発言に彼の「私も1人の人である」という強い想いを感じました。

 

憲法第13条では「すべて国民は、個人として尊重される。」とあります。

憲法論における統一見解は(たぶん)ないと思いますが

「『すべて国民』の中に”昭仁(根性天皇の名前)という1人の人”が含まれる」

という主張は、象徴天皇制と矛盾しないと私は考えます。

 

生前大位(というより譲位)は明治までは当たり前のように行われていたことも踏まえ

「これまで一生懸命働いたし”死ぬまで天皇って制度は結構デメリットもあるし

余生はちょっとゆっくりしたいんよなー。

立場上自分では決められないので国民の皆さんで議論してもらえませんか?」

というのが今回の発言の要旨だと考えています。

天皇という立場ゆえ直接的な言い方ではありませんが

かなり踏み込んで発言だったと感じています。

個人の尊重を持ち出すと天皇制自体と矛盾してくる話ですが

広がりすぎるので今回は不問としたいと思います。

 

 

さて、長くなりすぎたのでこの発言から読み取れる

日本政治のパワーバランスについては次に回します。